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日本におけるDevRelとは何なのか、現状と課題と今後

数日前に𝕏上で「日本のDevRelって何なんだ?」という議論が巻き起こり、エンジニアや今DevRelを名乗っている人たち周辺で大きな話題となりました。わたしもかつてDevRelという名前のチームで働き、その活動に意義があると思っているので話題を整理してみたいと思います。今や様々な役割を内包する名称としてIT・WEB業界で一定の認知度を得ているDevRelとは何をする人なんでしょうか。

ここに書いたものはあくまでも個人的な視点と意見ですが、関連する皆さんは一緒に考えてみてもらえると嬉しいです。𝕏でもブログでもPodcastでもYouTubeでもなんでもいいので、是非ご意見ご感想をお寄せください。

 

この記事を人力で三行でまとめると

  • アメリカ式のDevRelが日本で改変されて使われるようになったよ
  • なんでこうなっちゃったか考えてみるよ
  • 本来的なものだけを残して、ほかは名前を変えるのもいいんじゃない?

ってかんじです

 

10月10日に𝕏上で発生したDevRelの話題の流れ

大まかな流れとしては、日本でのDevRelという肩書・役割は発祥となったアメリカとは違う役割も含まれており、誤用が広まっているという指摘が𝕏上でなされました。具体的には、マーケティング・技術広報・採用広報・Evangelistなどを含んでしまっているのではないかというものです。

エンジニアの立場からは「アメリカでの役割と違うもの、特に採用を目的とした活動に同じ名称を使っているのはいかがなものか」といった意見が投稿され、日本独自で誤用が広まるのは好ましくないとった意見も散見されました。

また、本筋とは少しそれますが商標についての指摘や議論もありました。

 

①yusukebe氏が違和感について投稿

yusukebe氏は外資系企業で働いており、海外の情報に日々ふれており「DevRel」というポジションの存在について違和感があるという背景があると考えられます。このPostに賛同の声が集まりました。

 

②「DevRel入門」としてPIVOTでshoco氏の動画が公開

動画の中で日本におけるDevRelの役割について詳しく説明されています。この説明は実態に即しておりとてもわかりやすいですが「エンジニア採用必勝法」と銘打った影響もあるのか「いやいやDevRelって採用文脈ないでしょ」という声があがりました。

 

③特定人物をイメージしたロールに名称がついた説

941さんというのはこのエントリを書いているのはわたしです。後述しますが、本来のDevRelの役割を含めて活動していたニュアンスのみが残ったのではないかという投稿です。

 

④フリーライド論

DevRel/Japan CONFERENCEやDevRel/Tokyoなどの主催をしている中津川氏によるものです。「DevRelは自身が主催しているコミュニティが持ってきたワード」という主張も同時におこなっています。

 

⑤商標についての疑問

定義はおいておくとして、どういった主旨で商標申請をしているのか疑問であるという投稿です。なお「DevRel」で商標申請をしているのは上記にある中津川氏が代表を務める株式会社MOONGIFT。

 

日本のDevRelは4パターンほど存在する

なぜ日本においてDevRelという役職名・肩書名・働き方が多様な役割を内包しているのかは色々な経緯があると思いますが、現状は大まかに以下の4パターンにわけられておりこの役割を兼任することもある状態になっています。

以下のもので全て網羅できているわけではないと思いますが、共通しているのは「エンジニアに向けたマーケティング活動」であり、エンジニアや開発に関わる人達によりよい開発者体験や環境を提供することだと言えそうです。(開発者体験というのもかなり広い言葉で解釈が色々ありますが)

①Developer Relations

アメリカで発祥したもの。エンジニアが自社のプロダクトやAPIを外部のエンジニアに活用してもらい、フィードバックを得ることでよりよいプロダクトにしていくという活動です。自身でコードを書き、製品や使われている技術について誰よりも詳しいのが特徴的だと思います。外部の開発者と良好な関係性を築き、継続していく役割も含んでいます。Developer Advocateやコミュニティマネージャーなどの肩書で活動している場合もあります。

自分たちが開発している製品について誰よりも詳しくエンジニアとエンジニアで対話をしていくというもので、GoogleEiji Kitamura氏Yoshi Yamaguchi氏、CloudflareのYusuke Wada氏などが代表的かと思います。専門的でかつ複合的に高いスキルを要求される、誰もができるわけではない、とてもハイレベルな役割です。

 

②Developer Marketing

エンジニアに向けて製品を広める活動をする、マーケターや営業やEvangelistといった役割です。自身でコードは書かず宣伝活動をメインとしています。

 

③Tech Branding

エンジニアを対象としたイベント・メディア、自社の媒体やSNSを通じて技術情報を発信したり、会社やプロダクトの認知を獲得しファンを増やす活動をおこなっています。採用広報や技術広報などとも呼ばれ、エンジニア採用に直接的・間接的に関わることもあります。

勉強会やカンファレンスなどのイベント運営をしたり、技術イベントのスポンサー窓口をしたり、イベントでブースを出展することもあります。

 

④Developer Success

自社のエンジニアに向けて開発者体験を向上させる活動をおこないます。社内の制度を整理・構築したり、社内向けの勉強会やイベントを企画したり、自社のエンジニアが外部に露出する際にサポートをしたりする。③Tech Branding に繋がるよう、社内で企画をたてたり運営したりすることもあります。

(前職の時のチーム名、LINEによる造語であると認識しています)

 

日本のDevRelという呼称がなぜ問題視されているのか

上記で書いた①Developer Relations や ②Developer Marketing のように、エンジニアとエンジニアで成り立っていたところに採用のニュアンスが入ってきたことで「DevRelという同じ肩書・役割なはずなのになぜ採用活動とかしているの?」という違和感が発生したのだと思います。

これは日本では先に挙げたような別々の役割を同じ「DevRel」と呼称してしまっていることが原因で、DevRelとは名乗らずに「わたしは採用広報です」「わたしは技術に特化した広報活動をしています」「エンジニアのサポートをしています」といえばよかったのかもしれません。

エンジニアにとっては本来とは違う言葉の使われ方をしている点や、エンジニアの領域で行われている活動に土足で踏み入られる感覚があるのだろうとわたしは感じていますが、元々エンジニアではなかったりエンジニアコミュニティについてよく知らない人ほど「DevRelって部署だから名乗ってるだけなんですけど、なんで怒ってるの?」と、温度差もあるのではと想像しており、この相互理解が足りていないことも課題のひとつであると思っています。

あくまでもエンジニアがよりよい活動をするためのサポーティブな職種だと思っていますが、エンジニア側のニュアンスがわからず他職種が無意識のうちに琴線に触れてしまったり、エンジニアにそもそもあまり興味がなかったりということがあります。ここはもっと歩み寄る姿勢が必要だという課題感もあったりします。

 

余談その1
DevRelの本家(といっていいかわかりませんが)にある What is developer relations? には、このように「なぜDevRelをするのか」という文脈で採用についても触れられています。日本以外の国では採用もすでにDevRelの役割として認識されていて、もしかすると日本だけ認識が古いままなのかもしれません。

 

余談その2

海外においても、必ずしも本来のDevRelだけがDevRelと呼ばれるわけではないようで同じような課題はあるっぽいです。

 

日本のDevRelがこうなってしまった原因(としてのひとつの仮説)

なぜ日本でエンジニア以外の役割がまるっとDevRelとしてひとくくりになってしまったのでしょうか。「DevRelの話題の流れ」でふれましたが、Issei Naruta氏いわく「941さんの影響なのでは」という意見がありました。自分語りになってしまい恐縮ですが話題に出していただいたので当時の状況を背景を含めて説明させてください。

エンジニアへの憧れ

随分と前になりますが、わたしは2004年にライブドアという会社にWEBディレクターとして入社しました。当時のWEBディレクターはProduct ManagerとProject ManagerとPlannerとQAとをまぜこぜにしたような仕事です。当時はガラケー向けコンテンツを作っていたので、そこにデザイナーとエンジニアが加わって3人でプロダクトを作っている小さなチームでした。

ガラケー向けで簡単なHTMLとはいえ、エンジニアはフロントもバックエンドも全てを担当していて数万人くらいは常にアクセスがあるようなサイトなのでパフォーマンスもよい状態になるようにしてくれていて、今でいうフルスタックエンジニアでした。

わたしが企画書と画面遷移図などを書いてエンジニアが実装してくれるわけですが、彼等は当時の自分からするととてもユニークで(昼くらいにならないと会社にこない、サボるためにめちゃくちゃ頑張る、技術に対しては絶対に手を抜かない等)、彼等の考え方や生き方を間近で見ているうちに「もっと彼等の給料が上がってほしいし、働く環境がよくなってほしいし、刺激を受けられる環境を用意したい」と思うようになりました。

これはもう本当に不勉強なだけですが、わたしはコードを書いたことがありません(今も書けません) そんな自分にとってエンジニアは完全に憧れの対象になってしまっているので、彼等に求められたからそうしているわけではなく進んで色々やっている状態です。エンジニアが好きになりすぎて、とにかく彼等と距離を詰めたいし役に立てるぞというのを見せたいし頼られる存在になりたいと強く思うようになりました。

 

謎ポジションの誕生とYAPC::Asia運営

そういったことがあり、2008年は社内の色々な事情を経て開発部専任の「なんかなんでもやるCTO直下の人」になりました。おそらく当時はポジションの名前はなかったと思います。社内でエンジニアがしなくてもよさそうな仕事、例えば飲み会の幹事や会議室の予約や社内イベントの仕切りや社外を交えた勉強会の開催や雑多な交渉事など、進んでなんでもやるようになりました。「よくわかんないけど941さんに言うと大体どうにかなるっぽい」というニュアンスが社内にはあった気がします。

 

そんななか「YAPC::Asiaの運営が立ちいかなくなりそうだからやってあげて」と上司であるCTOに言われて運営として関わるようになったのが2010年。それまでエンジニアたちが手弁当で作り上げてきたイベントで、会場費や運営費を個人で建て替えてたりするグレートなものでしたが「まぁドンと任せてくださいよ」と、色々なものを整備して運用コストを減らして、ベストスピーカー賞や個人スポンサーや企業スポンサーメニューや若者支援などの今となってはよくみるようになった企画や仕組みをビシバシ導入しました(当時そういったのをモリモリやっていたのはRubyKaigiかYAPCくらいだった記憶)

 

YAPCは2010年から2013年までの4回を@lestrratさんと一緒に運営して、400人くらいだった参加者が1000人くらいまで参加してくれるようになった記憶があります。参加者や登壇者や運営メンバーとしてたくさんの社外のエンジニアと関わるようになり「941さんはエンジニアじゃないけど悪いやつではないっぽいな、頼ってもいいのかもしれん」という状態になっていきました。

 

ISUCONが爆誕・イベント運営の人としての顔が定着

今おもうとすごいですが、2011年にYAPC::Asiaと平行してISUCONというイベントの立ち上げをすることになりました。当時ライブドアのエンジニアだった@tagomorisさんと@kazeburoさんが「こういうイベントやりたい」と提案してくれたので「いいですね、やりましょう!」と返事をして開始することになりました。

ISUCONは「重たいWEBアプリを渡すので高速化してね」というパフォーマンスチューニングコンテストで、やるとはいったものの予算も人もなにもないので伊勢さんというネットワーク部門の偉い人にお願いして色々なものを工面してもらったりしてなんとかスタートしました。

エンジニアは作問やコンテストの環境準備をしてわたしはイベントの運営をするという役割分担でスタートし、毎年開催して2023年に開催されたISUCON13まで運営の担当をさせてもらっていました。1500名を超える参加者、作問を他社のエンジニアに協力してもらっているので毎年がらっと変わる運営体制、そういったイベントになったので社外のエンジニアと接する機会はものすごく増えました。結果的にISUCONでも「なんかイベントやってくれる941さんて人があの会社にいるよね」という認知になっていったと思います。

また、2015年から自社主催のテックカンファレンスを毎年開催することになり、オフラインで2000人以上の集客をする大規模なものになっていきました。ここではイベントそのものはもちろんですが、Globalの社内調整をしたり社外からゲストを呼ぶために交渉したりと、すっかりイベント運営の人として社内で協力者が増えていきました。

 

941さんみたいな人がDevRelっていうらしい、という説

かなり長くなってしまいましたが、このように15年ほどの時間をかけてコードも書けないやつが社内外のエンジニアと多くの接点をもつようになり、エンジニアのためになるならと数多くのイベントを開催してきました。2018年にはそれまで部署ごとでエンジニアサポート的なことをしていたメンバーやEvangelistなどを集めて、社内にDeveloper Relationsという部署が立ち上がり、そこからDevRelを名乗るようになりました。開発者向けのAPIを提供し、それを広めるための活動をしてる部署を内包してましたし、それらのイベントの運営サポートもしていたので自身としては違和感がなかったように思います。

発信している量が多めだったというのもあると思いますが「941さんという人はエンジニアといい関係性を作れているよね」と社外の皆さんに認知はされていたのだと思います。しかし、Googleの皆さんと交流があったりDevRelの活動がどういったものか見てきているので「自分はDevRelという役割をまっとうしている、これがDevRelだ」と自分で思ったことはありません。

対外的な仕事が多いので技術広報というのが役割としては近いと思いますが、実態と違ったりするのでそれもなんだかピンとこないまま2024年の退職時までDevRelというチームであり続けたというのが経緯です。(ちなみにLINEのDevRelチームは自分と同じように単騎でイベントも企画もライティングも出来る人があと3人いました、今おもうとすごいチームだった)

 

そんな背景があって「手法はよくわかんないけどイベントとかでエンジニアといい関係を築くのもDevRelってポジションにしておくといいのかも」というイメージがあって呼称するようになったんじゃないか、という説でしたが実際のところどうなのかは正直わかりません。

 

DevRel呼称問題は今後どうすればよいのか

エンジニアのためになることをしていきたい、というのがわたしの目指している道なので「エンジニアに違和感を感じさせてしまうなら名称を整理したらよいのでは」というのが個人的な意見です。

まるっとひとくくりにDevRelというのではなく、本来の役割が明確にわかるようなものを名乗ればいいと思います。わたしは現職では技術広報という肩書ですが、実際の仕事としては社内向けの仕事のほうが多いし、やってることはエンジニアの開発者体験をあげたいというものなので「Developer Success」とかでもいいのかなとは思ってます。わたしとしては、もう15年もやっている仕事なので名前はわりとなんでもよくて、エンジニアのためにこれからも働き続けられたらそれでよいなとは思ってます。

とはいえ、評判がよくカッコよくて思わず口に出したくなる、そんな案があればぜひ乗っかりたいのでご意見ご感想をお待ちしています。